そのメールを送ってすぐ後、彼から以下の電話番号だけのメールが送られてきた。
・・・・・・・Re.Re.Re.Re 18:57・・・・・・・
090****#####
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私はこの電話番号だけで、早くもちょっとショックを受けていた。もちろん、彼からのメールだけでも、私は充分動揺していたわけだが、この電話番号はそれにさらに拍車をかけた。
・・・何故って、この番号は、両親専用ダイヤルの番号だったからだ。私は付き合っているときも、 この番号を彼から教えてもらったことはない。それは、彼が両親専用携帯とその他用携帯の2台を所有していたので、1台通じれば用は足りたし、基本的に電話というよりはメール中心の生活だったので、両親専用ダイヤルの必要性はなかったからだ。ただ、彼はこんなことを言っていた様な気がするのだ。「この番号は、両親しか知らないの」と。それはおそらく、家族の中でも周知の事実であったろうと思う。だから、誰にも教えない。この電話が話中だったときに、母親が「あなた、誰と話していたの?」となり、やっかいになることは目に見えているからだ。
・・・なのに、彼は敢えてこの番号を指定した。これはどういう意味なのだろうか?・・・と私は考えてしまった。両親専用ダイヤルをこういうカタチで知ることになるのは、私にとってかなり不本意なことのように感じられた。私は、このよくわからない女よりもどうでもいい存在だったのだろうか・・・?私は、彼にとって何だったんだろう・・・?という疑問詞が、勝手に私の頭を支配した。それとも、もう1台の方は非通知でかけてくるような女が他にもいるということなのだろうか?・・・その女と混同しないように、敢えてこっちの携帯を教えている・・・?・・・とも考えてみたりした。どれも否定できない選択肢だった。そのことにまた、私はちょっと悲しくなった。でも、自分を励ました。こんなことで萎えるなと。こんなことで萎えて、うやむやにするなと自分が自分に言っていた。そう・・・私は、この男から逃げたりしない。いろんなことから、逃げたりしない。
そう思って、私は研究室のベランダに出て、ゆっくり確かめながら、彼の番号を押した。自然と胸の高鳴りはない。もう・・・いい・・・という気分だけだった。だけど、時間を置いて2回かけても、彼の電話は「プープープー」という話中と同じような状態。一瞬・・・ママ?って思ったけれど、それでもなんか違う気がした。もう一度、自分のパソコンへと戻る私。念のため、彼にこんなメールを打ってみることにした。ここでの私の決心は、もうゆるぎない。私は、一度決めたことはたいていやり通すタイプだ。
・・・・・・Re.Re.Re.Re.Re. 19:04・・・・・・・・
話中?ですか?
つながらないのですが??
もしかして、非通知は繋がらないようになっているのではないでしょうか
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するとすぐに、
・・・・・・・Re.Re.Re.Re.Re.Re. 19:04・・・・・・・
いまならしてください。でれます。
非通知制限はずしました。
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こんな返事がきた。
ふぅ~と私は大きくため息をつく。いよいよだなって何だが思った。ベランダで話そうと思っていたけれど、食事に行った後輩達が戻ってきたので、私は屋上で電話をしようと思った。それは、取り乱してしまったら、他のみんなにいらない気を使わせてしまうかもしれないという配慮もあったが、何より、私という人はとても強がりだから、人に弱い所なんて見せられないのだった。よっぽどの人でない限り、私は負の感情を素直にさらけ出したりしない。私が元気がないだなんて、特に研究室ではありえないことだったから。
屋上への階段を、携帯を片手にゆっくりと駆け上がる。一つ一つ、下を向きながら短い階段をスリッパのまま上った。もう何も考えられなかった。もう、どうでも良かった。とにかく、決着をつけること。それだけだった。間違っているのかもしれない。他の方法があるのかもしれない。でも、もう、それもどうでも良かった。「今日、私と会うか、電話をするかしてください。さもなければ、この世から消えます。」という彼のメールが記憶に蘇る。どういう展開になろうとも、その筋は少なくとも通せると思った。それだけは、守れると思った。それだけで、もう充分だと私は思った。
屋上への重い扉がギーという鈍い音を立て、階段室へと音を響かせる。さっきまで雨が降っていたのだろう。屋上のツルツルしたコンクリートには2mmぐらい、薄い水が張ってあり、スリッパと地面との摩擦力を少なくしていた。静かに足を下ろして、屋上の端まで移動する。歩くたびに、ピタッ・・・ピタッ・・・っと雨がスリッパの底にまとわりついた。
水分を含んだ空気を、大きく一つ吸ってみる。さて、電話をかけますか・・・と思う。2回の空振りを経て、もう覚悟はできていた。こっちの準備は万端。あなたは、大丈夫なの?と思いながら、私はリダイヤルボタンを押したのでした・・・(つづく)。